東京の仲介不動産店「メジャーハウジング株式会社」です。
地域の情報を日々綴っていきますので、
お部屋探しの参考として、散策日記として、
タウン情報としてお楽しみ下さい。
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【瓜生岩子像】浅草に日本のナイチンゲールの像
鳩ポッポの碑や映画弁士塚をご紹介した際にも触れましたが、浅草・浅草寺の境内には様々な碑や像が建てられています。江戸の昔、浅草寺本堂の西側・北側一帯は“奥山”と呼ばれ見世物小屋や芝居小屋が並んでおりましたが、明治時代になってそれらが六区に移転。平成になって影向堂が建立された際、この周辺が整理され、五重塔の北西側に石碑や銅像を集めて“新奥山”と名づけられたそうです。新奥山の中に唯一、人物像があるのですが、コチラが日本のナイチンゲールとも呼ばれた瓜生岩子像です。福島県生まれの瓜生岩子は、戊辰戦争の際に敵味方の区別なく負傷者を手当てしたり、養育所を設立して孤児や老人を保養したり、近代日本の黎明期に社会福祉事業家として尽力されました。東京でも深川の教育養護施設で活躍されたほか、下谷根岸でも失業救済のため、いも飴・飴粕の利用、普及をはかる水あめの製法伝習所を開設したりと活動の幅は広く、明治29年、女性では最初の「藍綬褒賞」を受賞しました。この銅像は瓜生岩子の没年(明治三十四年)に篤志家によって浅草寺境内に造立されたものです。


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| 台東区 | 10:12 | comments(0) | trackbacks(1) |
【谷中・旧吉田屋酒店】下町風俗資料館の付設展示場です。
台東区立下町風俗資料館といえば上野・不忍池のほとりに立地し、「古きよき東京の下町」の様子を今に伝える魅力的な資料館。それでもって、都バス・谷中バス停の付近にあるのがこの下町資料館付設展示場「旧吉田屋本店」です。谷中ファンの方ならご存知の施設(?)ではありますが、この建物は谷中6丁目で江戸時代から酒屋を営んでいた吉田屋を現在の住所(上野桜木2-10-6)に移築したものです。店内(館内?)には樽や量り、徳利、ビール瓶、当時の宣伝ポスターなど、酒類の販売に用いる道具や商いに関する資料が展示してあり、いかにも昔の商店といった様子が再現されています。しかしながら、どうも資料館らしい雰囲気を感じないのは私だけではないはず。谷中の街には古い建物が非常に多く、この旧吉田屋酒店もいまでも営業していてもおかしくない雰囲気なのです。それもそのはず、昭和61年まではこの建物で商住生活が行われていたんですって。いくら資料館らしくないといっても立派な資料館で、開館時間や休館日もあるので、詳細は下町風俗資料館のサイトでご覧下さい。


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| 台東区 | 11:07 | comments(0) | trackbacks(2) |
【ねんねこや】猫がいっぱい・谷中の三浦坂
坂の入り口には台東区教育委員会の説明版も立っており、美作国真島郡勝山(現岡山県北部)の藩主・三浦家の下屋敷があったことから「三浦坂」と呼ばれるようになった、とのことですが・・・。今では「ねんねこや」のある坂と言ったほうがわかりやすいですよね。根津駅から言問通りを東に進み、一つ目の信号を左折、臨江寺を過ぎてすぐ右手の坂。さあ、坂の途中に見えてまいりまして「ねんねこや」。谷中散策をされる観光のお客さんにも人気のスポットとなっています。お店の外にもあふれた猫グッズはどれもかわいらしく、どちらかというと和風のグッズほうが多いかしら。店内では喫茶メニューも楽しめるのですが、「ねんねこクッキー」や「招福猫最中」など、こちらも猫テイスト。猫の形をしたお皿に盛られたご飯とカレーで、思い思いの猫の顔を描いてから食べる“にゃんカレー”なんていうのも魅力的。猫グッズを眺めながらお茶をしていると、店員の猫さん(?)達が膝に乗ってくるのもまたご愛嬌ということで。次回は是非、猫好きの友人を誘って、店内の様子もご紹介したいものです。


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| 台東区 | 11:33 | comments(0) | trackbacks(1) |
【弁慶鏡ヶ井戸】義経も弁慶も喉を潤しました?
東京大学本郷キャンパスは、周囲をグルっとお散歩するだけでもいろいろな発見があって面白いものです。先日、根津駅から南下して池之端周辺をぶらぶらしていたら、東大病院の裏手で弁慶鏡ヶ井戸を見つけました。台東区教育委員会の説明板によると、『この井戸は源義経とその従者が奥州へ向かう途中に弁慶が見つけ、一行ののどをうるおした』と伝えられているそうで、江戸時代の史料にも名水として記録されているとの事。一度は埋め戻されてしまいましたが、昭和15年に再び掘りおこされ、昭和20年の東京大空襲の際には多くの被災者の飢渇を救うのに一役買ったとも説明されておりました。現在は水質も変わり「飲用には不適当」だそうですので、飲まないほうが賢明かと思われます。ちなみにこの井戸は隣接する境稲荷神社が管理しているようで、倉稲魂命(うかのみたまのみこと)を祀るこの神社では安産・子育ての信仰で知られているそうです。(緑字は台東区教育委員会の案内板からの引用)


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| 台東区 | 10:09 | comments(0) | trackbacks(1) |
【谷中の瑞輪寺】大久保主水のお墓がありました。
東京都水道歴史館水道端図書館の話題をご紹介した際に神田上水について触れましたが、徳川家康が江戸に幕府を開く際に一番初めに着手したと言っても過言でない大事業がこの上水の整備。そして神田上水の整備事業で大きな業績を上げたのが大久保主水(おおくぼ・もんと)です。その主水のお墓が谷中4丁目の瑞輪寺にありました。台東区教育委員会の説明版によると、主水は三河国の武士でしたが、一向一揆の際に足を負傷して以来、餅菓子の職人として家康に菓子を献じるようになったとのこと。その後、どのような経緯で上水整備事業を任されるようになったかの説明はありませんでしたが、江戸におけるサクセスストーリーの一つだったのでしょうか? ちなみに「主水」という名も家康から授かったもので、大久保の子孫は代々幕府御用達の菓子司を勤めるようになったんですって。瑞輪寺の境内には主水の業績を顕彰して造られた八角形の井戸も見られます。


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| 台東区 | 16:45 | comments(0) | trackbacks(1) |
【緑の展示会場】上野グリーンクラブ
上野公園の「こどもどうぶつえん」の北側、不忍通りから少し東に入ったところにある“上野グリーンクラブ”。いつも閉まっているような印象だったのですが、先日この界隈を歩いていたところ、ずいぶんと賑わっている様子なので、ちょっと寄り道してきました。ここは盆栽・山野草業者などが集まって展示販売をする施設だったのですね。この「上野グリーンクラブ」は平成4年に開館していらい、盆栽展、山野草展、東洋蘭展、おもと展、雪割草展、などの数多くの展示会を開催しているそうで、私が訪れたときには「伝統園芸フェアー」が開催されておりました。暖かな春の日差しの中、来場しているお客さんと出入りの業者さんが談笑しながら草木を眺めている姿がとても印象的。私も将来的にこのような趣味を持ってもいいなぁ、なんて思ってしまいました。でも、展示されている鉢や草木の値段を見るとちょっとビックリ。本格的にやろうと思うとずいぶんお金もかかりそうです。大型連休の前半となる4月27日〜30日はイベントとして「第14回緑風盆栽展」が開催されるそうで、本館の1階〜3階と館外展示場をあわせた大きな盆栽展のようです。


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| 台東区 | 14:11 | comments(0) | trackbacks(1) |
【子規庵】根岸の住宅街の路地裏に・・・
ある日のこと。山手線の鶯谷駅から日暮里方面に、なぜか徒歩で向かう用事があったため、近道をするために根岸あたりの住宅街の裏道を歩いておりました。狭い路地を歩いていると、とある住宅のお勝手口に『道狭く 梅さげて行く女あり』と正岡子規の句がかけてありました。この狭い通りを情緒豊かに表現しているなぁと思いつつ先を行くと、隣の家にも、その先のマンションの入り口にも正岡子規の句がかけてあるのです。これは何かあると思い、句がかけてある家を見つけながら来た道を引き返すと、東京都指定史跡の“子規庵”が見つかりました。根岸の町は、正岡子規が明治27年(1894年)から病死する明治35年(1902年)まで住んだ土地で、この子規庵での句会には森鴎外や夏目漱石も訪れたことがあるのだとか。先ほどから見かける子規の句は「根岸 子規会」の活動によるもので、主に根岸界隈の様子を詠んだ句があちらこちらで見かけることができます。一昔前の街の様子が残る雰囲気のいい路地裏を、根岸の句と共に歩くのもいいものでした。


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| 台東区 | 17:46 | comments(0) | trackbacks(1) |
【谷中・西光寺】足腰の病には韋駄天様!?
谷中界隈を歩いていますと、ホントにたくさんのお寺が見られますが、谷中6丁目にある西光寺の入り口には「足病平癒・韋駄天安置」と刻まれた石碑があったので、ちょっと立ち寄ってみました。足の早い人を“韋駄天”と呼ぶ事がありますが、もともとは仏教でいうところの守護神の一人。捷疾鬼が仏舎利を奪って逃げ去った際にこれを追って取り戻したという伝説から、よく走る神として知られ、「古来より、足腰病平癒に効験ありと信仰されている」と西光寺の説明版に書いてありました。ちなみにこの韋駄天像と十一面観音像は、豊臣秀吉が朝鮮半島に攻め入った際、同行した藤堂高虎が請来して安置したものなんだということ。また、境内には“零場巡礼記念碑”もあり、参拝された方は「坂東三十三ヶ所」「秩父三十四ヶ所」「西国三十三ヶ所」「四国八十八ヶ所」、計百八十八ヶ所の零場を巡礼したと同じ功徳がある・・・のだとか。私も日ごろの運動不足で足腰が弱っているので、しっかりとお参りしてきました。


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| 台東区 | 15:46 | comments(0) | trackbacks(1) |
【浅草寺境内】こんなところに「鳩ポッポ」の歌碑!?
浅草寺の境内、本堂手前の左手、かなり目立つ場所に「鳩ポッポ」の歌碑があるのをご存知でしょうか。りっぱなブロンズの碑にはリアルに描写された鳩が何羽かとまっております。境内にいる本物の鳩が、ブロンズの鳩の隣にとまっているのを見ると、何だか微笑ましい風景に映ります。みなさんご存知の童謡「鳩ポッポ」は作詞・東くめ、作詞・滝廉太郎のコンビによる作品で、浅草寺の境内で鳩と戯れる子どもを歌ったものということが定説のようです。この歌碑は昭和37年の建立で、以前はこの碑の隣に鳩マメを売る店があったそうで、そんなエピソードを聞くと浅草と鳩のつながりが感じられますが、現在では「鳩に餌をあげないで下さい」という立て看板が建っていて微妙な雰囲気を醸しだしています。“こまどり姉妹”も「浅草の鳩ポッポ」という曲を発表して大ヒットしておりますが、その曲がヒットしたのが碑が建てられる前年・昭和36年のこと。まさかこの曲にあやかって碑をたてた・・・ということはないですよね!?


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| 台東区 | 16:09 | comments(0) | trackbacks(1) |
【東上野・下谷神社】稲荷町駅として旧町名を残します。
東上野3丁目という住所、浅草通りを歩いていますと周辺のオフィスビルに囲まれてひときわ目立つ、大きな鳥居を見つけることができます。コチラは下谷神社。銀座線の稲荷町駅から徒歩1分の場所ですが、駅名はかつてこの周辺が稲荷町という住所に由来します。そして稲荷町という住所は、下谷神社がもともと“下谷稲荷神社”と呼ばれていたからです。下谷神社と改称したのは明治5年のことで、関東大震災後の区画整理の際、50メートルほど移動して現在の場所に移されました。この時新築された拝殿には、当時池之端に住んでいた日本画の巨匠・横山大観よって、雲竜図の天井画が描かれています。ちなみに櫛職人から咄家になった三笑亭可楽が、1798年に日本で初めて寄席を開いたということで「寄席の発祥地」としても知られています。下町といえば浅草をはじめ、お祭りが大好きと言ったイメージですが、この下谷神社でも毎年5月11日に近い土・日曜日に例祭が行われ、この時に出される“千貫御輿”はかなりの見ものだそうですよ。


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| 台東区 | 16:42 | comments(0) | trackbacks(1) |
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